記事: ハイカー根津のHIKER'S DELIGHT Vol.4「ULとは?」
ハイカー根津のHIKER'S DELIGHT Vol.4「ULとは?」

前回の記事で、
- 当時設定されたULのベースウェイト10ポンド以下は、もはや適正値ではない。
- ULの基準もアップデートしていく必要がある。
- では、どんな方向性を模索すべきか。
という話をした。今回の記事ではこれを受けて、今後のULのあるべき方向性について考えてみたい。
ベースウェイトの新基準は「数値設定なし」
まずは、ベースウェイトについて。10ポンド (4.5kg) に変わる新しい数値とは?と気になっている人もいるかもしれない。
そこに関しては、「基準値不要」が僕の基本姿勢である。
というのも、元来ベースウェイトは属人的なものだからだ。地域、季節、ルート、個人の身体性やスキルなどによって「適正な装備」はまったく異なる。そのさまざまな変数をもとにベースウェイトは算出されるべきものである。
正直なところ、これまでULの基準とされてきた10ポンドは根拠に乏しい。しかもあくまで噂話ではあるが、ヤード法のアメリカにおいて10という数字がキリが良かった、なんていう話もある。いずれにせよ、マーケティング的側面が大きかったのではないかと思われる(もちろんマーケティング面で大きな効果はあった。だだし、すでに役目は果たし終えた)。
これまでULを実践する上で、とかくベースウェイトの数値、4.5kgを頼りにしていた人も多かったと思う。その基準がなくなったとしたら(というよりは、なくすべきだと考えている)、いったいどんなアプローチでULを実践すればいいのか?

ULに不可欠な「超軽量化」へのアプローチ
大前提として、ULはその名のとおり「超軽量」であることが重要なファクターである。
超軽量にするためのアプローチとしては2種類あって「ギア自体の軽量化」と「携行物の最小化(不要なものは持っていかない)」である。
これをもし、装備のリストだけを見て机上でやったとしたら、軽量化にしかならないだろう。そして前回の記事で「UL=軽量化」ではない、という話をしたように、これではULにはならない。あるいは、安全性と快適性を損なうような行きすぎた軽量化をしてしまうかもしれない。もちろんこれもULではない。
なぜなら、ULにするためには、少なくとも行き先の自然環境、季節、天気、自分のスキルおよび経験、身体能力、体質を踏まえた上で、どこまで削ることができるか(どこまで削っても安全性と快適性を損なわないか)を考える必要があるからだ。

ULの先駆者たちが語る真理
そもそもレイ・ジャーディンは「ほとんどの人は、ロングハイクのために過剰な装備をする。この間違いは一般的に、人間の能力、適応能力、および自然環境に関する知識不足に起因している」「必要な装備の種類は、自然の変化 (気象や地形など) に自分たちがどう対応するかに大きく左右される」と明言している。
さらにGossamer Gearの創設者であるグレン・ヴァン・ペスキ(※1)は、「最小限の装備でウィルダネスの中に身を置くということは、自分のスキルと、今あるものを使って起こる問題を解決する能力に頼るということだ」と語っている。
知識と経験、スキルがあるからこそ、たとえば、テントをタープに変えたとき風雨への対応をどうするか? 寝具をミニマムにした際にどんな地形および環境の野営地であれば快適に過ごせるか? の答えが出せるのである。
ちなみにグレンには、冬の日にしばしば寝室の窓を開けて半袖かつブランケット1枚で寝ていた、という逸話がある。それはまさにULのために自分の身体を適応させようとした一例である。
グレンのエピソードをもう1つ。彼がアメリカのサザンシエラに友人とハイキングに行ったときのこと。それはちょうど松葉が落ちる季節だった。彼は寝るときにおもむろに松葉をたくさん集めはじめた。そして、それらを地面にこんもりと敷き、その上にポリクロのシートを被せ、尾てい骨あたりのみをカバーする小さな円形のパッドを置いて、その上に寝た。
これはその行き先の自然環境を熟知しているからこそできる工夫であり、ULを象徴するエピソードのひとつだろう。
※1 グレン・ヴァン・ペスキ (Glen Van Peski):大学の工学部を卒業後、エンジニアとしてのキャリアを積む。自作したバックパックをきっかけに1998年にGVP Gear創業。のちにGossamer Gearへ社名変更。2024年4月に『take less. do more.』を上梓。この本でも、一貫して知識やスキル、経験の重要性を説いている。人生訓の内容も多いが、ULを理解する上での良書でもある。

「ULの本質」への原点回帰
まとめると、重要なのは数値ではなく、行き先の自然環境、季節、天気、自分のスキル、経験、身体能力、体質などのファクターをもとに、装備をどこまで削ることができるかを検討し、必要最小限にすることでハイキングを楽しむこと。これこそがULの本質であるのだ。
断定口調で言い切ったが、ここに何ひとつ新しい要素はない。僕独自の考えでも提言でもなければ、何ら特別な解釈もしていないし、これまでになかった概念でもアプローチでもない。昔から存在していた事実をあらためてフィーチャーしただけのことである。
つまり原点回帰をしようということだ。そして誤解しないでほしいのは、僕は決して懐古主義や復古主義のような保守的な立場をとっているわけではない。例として、環境保護運動を挙げるとわかりやすいかもしれない。具体的には、導入ステップとしてマイバッグやマイボトルなどの「小さな行動から」の啓発をした。行動変容への第一歩としては非常に有効だったが、それ自体がファッション化、ステイタス化してしまった人が多く、環境保護の本質が見失われてしまった(シンボリック・アクション)。
だから、あらためてこのタイミングでULの本質と向き合うことを提案したい。「なんだかULって面倒くさいな......」と思った人もいるかもしれない。でも、そもそもULというのは万人受けするものでも、万人向けのものでもなく、興味がある人だけ実践すればいいものである。そして、人によっては面倒だと思う人もいるかもしれないこのプロセスは、非常に属人的であり、でもだからこそ、誰かのマネやお仕着せでもなく、ブームやトレンドに乗っかることもなく、ハイカー自身が自らのスタイルで自分らしくハイキングを楽しむことができるのだ。

ULにまつわる3つのキーワードの解釈
ここで、ULが語られる際によく目にしたり耳にしたりするワードやファクターについても、少し言及したい。
1. 自然との一体感
「荷物を減らすことで余裕が生まれ、より自然に目がいき楽しめるようになる」「テントをタープに変えると自然をより感じられるようになる」と言われたりもするが、これは事実ではあるものの主観的要素が強い。そして自然との一体感は、ULだから味わえること(ULにしないと味わえないこと)というわけではない。ただ、前述のグレンの松葉を寝具に利用したエピソードなどは、まさにULならではある。
2. MYOG (Make Your Own Gear)
レイ・ジャーディンがかなり強く訴求していた行為だが、これは彼自身が、当時のアメリカにおいて、反消費主義、自然回帰、DIYカルチャーの影響を強く受けていたことも大きいだろう。ただし、既製品(汎用品)ではなくMYOGによって自分に最適化したギアを作るというのは、属人性の高いULにおいては理にかなったアプローチである。
3. ひとつのギアに複数の役割を持たせる
これはULにおいて欠かせない要素というわけではなく、前述のULのプロセスにおいて、荷物を削るための工夫をした結果のひとつである。
もちろん、ULによって得られる楽しみは、人それぞれでいい。なぜULが好きなのか?と問われて、「自然との一体感が味わえるから」でも、「自作のギアで行くのが楽しいから」でも、「ギア選びが楽しいから」でも、人それぞれで構わないし、それがなんであろうとそれがULか否かという点においてはまったく影響をおよぼさない。ULにとって重要なこと、ULをULたらしめていることは、そのプロセスなのだ。

ULと「ロー・インパクト」という思想
ここまでは、いかに荷物を削るか(必要最小限にするか)という文脈で話を展開してきたが、ここで少し異なる方向の話をしたい。
これは、前回の記事にも登場したBPL (Backpacking Light) のライアン・ジョーダンにまつわるエピソードである。
ある日ライアンが仲間と野営をしていたとき、こう言った。
「なぜ僕たちがアルコールストーブを使うのかわかるかい?」
仲間のひとりはこう答えた。
「たとえば1泊2日のハイキングにおいて、ガス缶の場合は燃料を必要以上持っていくことになるけど、アルコールストーブなら必要なぶんだけ持っていける。これによって軽量化ができるからでしょ」
ライアンはこう続けた。
「それもそうだけど、アルコールストーブのULにおける良さっていうのは“静かなこと”なんだ。ULでもっとも大事なのは、ロー・インパクト (Low Impact) 思想だ。人に対しても、自然に対してもロー・インパクトでなくてはいけない。
軽さというのは人に対してのロー・インパクトだ。一方で、山で静かなところ、耳を澄ますと川や風や動物の音が聞こえるところで、ガスバーナーでゴーーーッていう人工的な音を出すのは、決してロー・インパクトではない。ウィルダネスの中に人間が存在していることを可能な限り消すために、静かであることはものすごく大事なことなんだ」。
非常に示唆に富んだメッセージである。共感する人も多いのではないだろうか。
ULへの第一歩は「山を知る」こと
最後にもう1つだけ、ULへの一歩を後押ししてくれるエピソードを紹介してこの記事を終えたい。BPLの編集・ライターとして長年活躍していたウィル・リートベルド(※2)の話である。彼はウルトラライト・バックパッキングの専門家であり、著名なギアレビュアーでもある。
※2 ウィル・リートベルド (Will Rietveld): BPLのサイト内で彼の名前で検索をかけると、数多くの記事が出てくる。また「Ultralight Insights」 というウェブサイトも運営(ただし2019年で更新が止まっている)。カテゴリー分けがなされていて、なかでもBlogのトップに掲載されている「The Meaning of Ultralight」は必見。

ウィル・リートベルドのウェブサイトより (https://ultralightinsights.blogspot.com/)
2012年、彼はULガレージメーカーが集まるミニマリスト・パーティー(※3)に招かれ、スピーカーとしてプレゼンテーションを行なった。
※3 ミニマリスト・パーティー (Minimalist Party): 2010年のORショー (Outdoor Retailer Show) から同時開催されることになった、Evernew主催のイベント。UL関連のメーカーや関係者が一堂に会して、情報交換や交流を図った。

ミニマリスト・パーティーについて書かれた記事。Evernew USAの当時のウェブサイトより(現在は閉鎖)。
内容は、彼が住んでいる場所のホームマウンテンを舞台にした、ULの話。
ハイキングに行く際、今この川の水位がこのレベルだったら、標高3,000mのこの部分の積雪量はこのくらいだから簡易アイゼンが必要だ。といった具体例をいくつもあげながら、山を知り尽くした上で装備を完璧にちょうど良くすることが大切であり、山を理解しているからこそ適正な装備を考えることができる。そして、これこそがULなんだと語り、会場の多くの人からの共感と感心を集めた。
そして最後にこう締めくくった。
「もし行くところの詳細がわからないとしたら、オーバースペックも何もない。だって、わからないのだから。そもそも山っていうのはある程度危険をともなうものだから、命を守るためには万が一のための準備やリスクヘッジをすることに越したことはない。つまり、オーバーすぎるスペックなんてものはないんだ。
ただ、ハイキングという行為を長時間楽しむためには、軽量化したほうがラクだし、もしあなたがそうしたいのであれば、最初にやることは決まっている。まずは山を知ることだ」

根津 貴央Takahisa Nezu
ロング・ディスタンス・ハイキングをテーマにした文章を書き続けているライター。2012年にアメリカのロングトレイル『パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)』を歩き、2014年からは仲間とともに『グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)』を踏査するプロジェクト『GHT project』を立ち上げ、毎年ヒマラヤに足を運ぶ。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS)がある。2025年4月ネパールに移住。現在、カトマンズ在住。