記事: ハイカー根津のHIKER'S DELIGHT Vol.7「日本にロングトレイルは必要か?(前編)」
ハイカー根津のHIKER'S DELIGHT Vol.7「日本にロングトレイルは必要か?(前編)」



ここ15年くらいで、徐々に日本でも「ロングトレイル」という言葉や存在の認知が広まってきた。今回は、このロングトレイルをテーマに、前後編の2回にわけてお届けする。
この前編では、タイトル『日本にロングトレイルは必要か?』に対するアンサーの前に、そもそも「ロングトレイルとは何か?」 という話をしようと思う。
結論から言えよという人もいるかもしれないが、まずは読者のみなさんと「ロングトレイルとは何か?」という前提条件をすり合わせておきたい。なぜなら、前提が間違っていたら、僕の考えが正しく伝わらないし、おのずと誤った結論が導きだされてしまうからだ。
また昨今、ロングトレイルという言葉自体の解釈も多様化しているので、そこも整理したいと考えている。
はじめに (言葉の前提について)
「ロングトレイル」とひと口に言っても、使う人や使用する場面において意味が異なる。
アメリカで生まれて発展したロングトレイルもあれば、長い道という広義のロングトレイルもある。後者は、最近ではトレイルランニングでも使用されたりもする。
日本のロングトレイルを考えるにあたっては、日本にロングトレイルを紹介した第一人者である加藤則芳氏の言動や著書、日本のロングトレイルのパイオニアである信越トレイル、日本におけるロングトレイルの成立史を見ても、アメリカのロングトレイルがベースになっていることは間違いない。
そのため、本稿では「長い道」ではなく、あくまで「アメリカ発祥のロングトレイル」という意味で、「ロングトレイル」という言葉を使用し、その文脈でロングトレイルというものを取り扱うことをまず断っておきたい。

そもそも、僕がなぜこのタイミングでこのテーマを取り上げたのか。
僕は2012年にライターとして独立し、アウトドア関連の執筆業に携わるようになった。2012年にアメリカのパシフィック・クレスト・トレイル (PCT) を歩き終えてから今日まで、約13年にわたってロングトレイルおよびロング・ディスタンス・ハイキングを、ライターとしてのメインテーマのひとつに据えて活動をつづけてきた。
この十数年で、ロングトレイルを歩く人も増え、認知度も高まり、国内でもロングトレイルと呼ばれる道もたくさん生まれた。一方で、作られたもののすでに閉鎖したり、有名無実化しているものも少なくない。そして、さきほど触れた「前提」は人それぞれ異なることが多く、良くも悪くも解釈が多様化した。課題が山積しているのが現状だ。
そんないまこそ、ロングトレイルとは何か? 日本にアメリカ生まれのロングトレイルが本当に必要なのか? について、議論すべきタイミングではないかと考えたのだ。
次章からいよいよ本題。まずは、アメリカのロングトレイルの起源、発展をおさらいしながら、ロングトレイルの歴史を紐解いていく。

ロングトレイルの背景にあった、アメリカ特有の土壌
アメリカのロングトレイルというと、日本ではジョン・ミューア・トレイル (JMT)や、アメリカ3大トレイルと呼ばれるアパラチアン・トレイル(AT)、パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)、コンチネンタル・ディバイド・トレイル (CDT) などがよく知られている。
ここで重要なのは、それぞれのトレイルの個別性ではなく、なぜアメリカという国でロングトレイルが次々に生まれ、定着していったのかという点だ。
これらのロングトレイルのアイディアや計画は、決して突然思いついたものではない。そこには、それらが生まれるための、アメリカならではの時代背景と思想的な土壌があった。

まず、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、急速に進んだ都市化と産業化の副産物として、人々のあいだに自然への強い憧れが芽生えた。都市での労働と管理された生活が当たり前になるにつれ、文明の外部にある自然や荒野は、摩耗した精神を回復させる場として意識されるようになっていった。
19世紀のアメリカを代表する思想家・作家であるヘンリー・デイヴィッド・ソローは、『Walden』 (1854年 ※日本では『森の生活』の邦題で知られる)において、都市化する社会から距離をとり、自然の中で暮らすことの意義を説いた。
アメリカ自然保護の父として知られるジョン・ミューアは、1892年にシエラ・クラブを創設し、自然保護の理念を社会運動として広めていく。さらに『My First Summer in the Sierra』 (1911年)では、文明化が進む社会への反動として、人が自然を求める感情を生き生きと描き出した。
もっとも、ソローやミューアの思想が、すぐにロングトレイルという具体的な形になったわけではない。彼らの言葉や活動はまず、自然とどう向き合うべきかという価値観を社会に浸透させる役割を果たした。その価値観が、のちの時代に制度や文化と結びつくことで、はじめてロングトレイルとして結実していくことになる。
戦後アメリカ社会が育てたロングトレイル
第二次世界大戦後、アメリカではハイキングがレクリエーションとして急速に一般化していった。背景には、大きく分けて制度的・物理的インフラと文化的ムーヴメントという2つの要因があった。

まず制度的・物理的インフラの側面では、郊外化と自動車社会の進展によって、人々が自然へアクセスしやすくなったことが挙げられる。さらに1964年には、Wilderness Act(原生自然法)が制定され、ウィルダネス (原生自然)を将来の世代のために保全することが国の責任として明文化された。この法律は、自然を開発の対象としてではなく、国民が立ち入り体験することを許容しつつ、そのありのままの姿が大切にされる場所としてウィルダネスを位置づけた。
1968年には、National Trails System Act (国立トレイルシステム法)が制定され、同年にATとPCTがNational Scenic Trailに指定された。

しかし、インフラの整備だけで人々が歩き始めるわけではない。より大きな後押しをしたのは、同時期に進行していた文化的ムーヴメントだった。
1960年代のカウンターカルチャーは、反消費社会、自然への回帰、自己探求といった価値観を背景に、バックパッキングという実践を広げていった。彼らにとって、長く歩き続けることそのものが、文明や消費社会から距離を取るための具体的な手段だったのである。
ヒッピーたちの自然回帰思想やDIYカルチャーの浸透、自然保護を強く訴えた反骨の作家エドワード・アビー、そして日本でも『遊歩大全』の著者として知られるコリン・フレッチャーらの思想や著作も、歩くことそのものを文明からの脱出として意味づけていった。
こうした制度的・物理的インフラと文化的ムーヴメントが重なり合うことで、アメリカでハイキングが広く浸透していった。
ロングトレイルは、これまでにないまったく新しい価値を付与された道として成立したわけではない。長く歩き続けたいという人々の欲求が先にあり、それを受け止めるかたちで既存の道や自然が再解釈されることで生まれた。そしてひとたび道ができると、その存在自体が人々の想像力を刺激し、長く歩くことへの憧れをさらに広げていった。
この土壌があったからこそ、数多くのロングトレイルが構想され、アメリカ社会に深く根付いていったのだ。
ロングトレイルは、ハイキング・トレイルである

アメリカのロングトレイルは、しばしば「ハイキング・トレイル (hiking trail)」と呼ばれる。それは単なる言い換えではない。文字どおり、ロングトレイルとは「ハイキングをするための道」なのである。
では、ここで言うハイキングとは、いったい何を指しているのだろうか。この問いに対して、アメリカのロングトレイルを歩いた経験をもとに、「道とは何か」を掘り下げた『On Trails』(邦題: トレイルズ「道」と歩くことの哲学)の著者ロバート・ムーアは、きわめて示唆的な説明をしている。
ムーアは、仲間のハイカーたちに「ハイキングとは何か」を尋ねた経験を紹介する。
“仲間のハイカーたちの意見は、自分の土地をハイキングするというのは、家の裏庭でキャンプするようなもので、本物の経験の真似事みたいなものだということで一致した。ほんとうのハイクには原生自然、つまり人の土地の外側にある(誰のものでもない)土地が必要だ。”(トレイルズ「道」と歩くことの哲学 [エイアンドエフ] より)
ムーアによれば、「私有地や生活圏の外にある野外の土地を、楽しみのために歩く」という意味での hike という動詞が成立したのは、わずか二百年ほど前にすぎない。さらに hiking が動名詞として一般化したのは、二十世紀に入ってから。それ以前のhike という言葉は、「こそこそ歩く」 「重い足取りで移動する」といったニュアンスで、「Take a hike! (失せろ)」という表現は、その古い意味の名残だという。
ムーアは、hike という言葉の意味が変化してきた歴史そのものが、近代社会がウィルダネス (原生自然)という存在を発見し、価値あるものとして受け入れていった過程を映し出しているのだ、と述べている。
つまりハイキングとは、単なる歩行ではなく、自然の中を、体験そのものを目的として歩く行為なのである。
グリーン・マウンテン・クラブの公式サイトより(https://www.greenmountainclub.org/)
彼の話は、次に挙げる情報とも共通する。もちろん彼は、この情報も参考にしているではあろう。
アメリカ最古のロングトレイルは、バーモント州を南北に縦断するロングトレイル (The Long Trail)である。このトレイルは、1910年から1930年にかけて、グリーン・マウンテン・クラブによって建設された。同クラブの公式サイトには、その目的が明確に記されている。
“グリーン・マウンテン・クラブは1910年に設立され、その目的はただ一つ、バーモント州の山々を縦断する長距離ハイキングトレイルを建設することでした。この世界初のロングトレイルは、ハイカーがバーモント州の自然の美しさを体験するための「原生自然の中を歩く道 (footpath in the wilderness)」としてつくられました。この構想は、後にアパラチアン・トレイル誕生のきっかけとなります。”(https://www.greenmountainclub.org/about/thegreenmountainclub/ より)
ここで注目すべきなのは、「long-distance hiking trail」 と明確に言い切っている点、そしてそれが「自然の美しさを体験するため」 「原生自然の中を歩く道」として構想された点である。
ロングトレイルは、観光や経済効果を目的とした道ではない。競技や記録のためのコースでもない。ウィルダネスの中に身を置き、それを歩くことで味わうための道として、最初から設計されていたのである。
つまり、アメリカにおけるロングトレイルとはハイキング・トレイルであり、ハイキングとはウィルダネスを歩いて楽しむ行為である。この2つは切り離せない関係にある。
ロングトレイルとは、長大なルートとして注目を集めるようになる以前に、誰のものでもない自然の中に延びる道を、歩くこと自体を目的として辿る、という思想の上に成り立った存在なのである。

実際にロングトレイルを歩いて理解したこと
2012年、僕はパシフィック・クレスト・トレイル (PCT) を歩いた。とにかく楽しかった。ただし、そのときの僕は、ロングトレイルを「理解した」と言える状態にはなかった。
初めてのロング・ディスタンス・ハイキングで、目に入るもの、体験することのすべてが新鮮だった。歩くこと自体に必死で、ロングトレイルがどのような背景を持ち、どんな価値観の上に成り立っているのかまで考える余裕はなかった。
歩き終えたあと、これはいったい何だったのだろう? と思った。単なるアウトドア体験では説明しきれない何かが、PCTにはあった。その正体をもっと深く知りたい、ロングトレイルの本質に近づきたい。そんな思いが、次第に強くなっていった。

翌2013年、PCTの管理運営団体であるPCTA (Pacific Crest Trail Association)を訪ね、取材を行なった。さらに2014年には、アメリカ最大のハイカーの祭典 「TRAIL DAYS」に参加し、アパラチアン・トレイル (AT) の一部を実際に歩いた。
そこで出会ったのは、ハイカーだけではない。トレイルに関わるアウトドアメーカー、沿線に暮らす地元の人々、無償で支援を行なうトレイルエンジェル、そしてトレイルを維持・管理する運営団体のスタッフ。立場も関わり方も異なる人たちから話を聞くことで、ロングトレイルは、一本の道ではなく、多層的な仕組みとして存在しているのだということが、次第に見えてきた(※)。
※「TRAIL DAYS」に関しては、2014年に『アメリカ最大のハイカーズイベント 「TRAIL DAYS」で見つけた、ロングトレイルの真髄』というタイトルで雑誌に寄稿。その記事がWEBに転載されたので、ぜひ読んでみてください。 https://www.funq.jp/peaks/article/1025150/

そうした経験を通じて、僕が理解できたことがある。それは、ロングトレイルは「モノ」ではなく、「アメリカの文化」であるという事実だ。
ロングトレイルは、単に長く続く道ではない。この記事で見てきたような歴史、自然観、思想、社会制度、ムーヴメント・・・・・・そうした要素が何層にも重なり合って成立している、アメリカ固有の文化的産物なのである。
だからこそ、アメリカ以外の国でロングトレイルを作ることは、決して簡単ではない。物理的に道をつなぐことは可能だとしても、それを文化として根付かせることは、非常に難しい。
たとえるなら、それはアメリカに「お遍路」を作るようなものだろう。巡礼路としての道を設計し、札所を配置し、歩くこと自体はできるかもしれない。しかし、それをアメリカに作る意味はあるのだろうか。それを歩きたいと思うアメリカ人が、どれほどいるのだろうか。
もちろん、アメリカ以外の国にも、長距離を歩くための道や、それが文化として成立している例は存在する。ニュージーランドのTe Araroaをはじめ、各国の風土や歴史に根ざしたロングルートは確かにある。
ただし、ここで問題にしているのは、長い道が存在するかどうかではなく、アメリカのロングトレイルを、そのまま別の社会で実現することが可能なのか、という点である。
こうした前提を踏まえたうえで、後編ではいよいよ核心に踏み込む。「日本にロングトレイルは必要なのか?」。その問いを、感情論ではなく、文化という視点から考えていきたい。

根津 貴央Takahisa Nezu
ロング・ディスタンス・ハイキングをテーマにした文章を書き続けているライター。2012年にアメリカのロングトレイル『パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)』を歩き、2014年からは仲間とともに『グレート・ヒマラヤ・トレイル(GHT)』を踏査するプロジェクト『GHT project』を立ち上げ、毎年ヒマラヤに足を運ぶ。著書に『ロングトレイルはじめました。』(誠文堂新光社)、『TRAIL ANGEL』(TRAILS)がある。2025年4月ネパールに移住。現在、カトマンズ在住。









